「東日本・東北大地震」の御見舞いを申し上げます。
大地震の発生した11日から、毎日報道されております「東日本・東北大地震」の被害状況には、本当に辛い気持ちで、心を痛めております。
特に、宮城県には、一昨年の入院で、大変にお世話になりました、私にとって、かけがえのない「命の恩人」が何人もいらっしゃるのですが、そんなみなさんとは、現在でも連絡が取れない状態なのです。
毎日の仕事も手に付かずに、今すぐにでも、現地入りしたいところなのですが、何しろ、交通手段も無い状態です。先程も、自宅付近に、車のガソリンを入れに行ったのですが、どこも閉鎖されており、現時点では、為すすべも見つかりません。
今は、ただ、みなさんの御無事を祈ることしか出来ない、無力な自分が、本当に悔しいです。
こんな状態の私のもとにも、安否を気遣って下さる全国の皆様から、本当に有難い激励のメールやお電話を頂いておりまして、とても感謝、感激しております。
「私は」と言いますと、5日から海外出張に出ておりまして、11日の地震情報・第一報は、ロサンジェルスから戻るJAL便内での機長アナウンスで知りました。ちょうど、仙台沖を下降体制に入りかけた時でして、地震発生から30分後、着陸予定の1時間前でした。
「成田、羽田とも、滑走路が閉鎖され、札幌に緊急着陸する」とのこと。機内には、多少のざわめきがありましたが、無事に新千歳空港に降り立つことが出来ました。
その夜は、運良く、札幌市内のホテルを取ることが出来ましたが、JAL便の後には、20機の国際線が、札幌に緊急着陸したようでして、ホテルは、すぐに満杯になり、仕方なく空港のロビーで仮眠した方も多かったようです。
翌日は、羽田に戻るためのチケットを取るために、早朝から、空港に向かいましたが、結局、キャンセル待ちで取れたのが、最終便でした。そして、電車を乗り継ぎ、自宅に戻ることが出来ましたのは、日付の変わった深夜でしたが、ウチの中に入りますと、いたるところで、落ちた食器類が、割れて散乱しておりまして、被害の大きさを実感致しました。
今回の震災を通し、「普段、当たり前のことが、実は、奇跡の連続で、どれだけ有難いことだったのか」を、改めて実感し、これからは、どれだけ時間がかかろうとも、「日本再生のために、食を通して、さらに全力で頑張ろう!」と、強く思っております。
全国の皆様、これからも宜しくお願い致します。
成田到着の1時間前に地震発生を知り、仙台沖から急遽、札幌に方向転換致しました。
札幌に緊急着陸した国際線は20機にもなり、空港ロビーはキャンセル待ちで大混雑でした。
ホテルも満杯で、空港ロビーで毛布を借り、眠れぬ夜を過ごした方も多かったようです。